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東京高等裁判所 昭和62年(ネ)3583号 判決 1989年2月06日

控訴人 椿良輔

右訴訟代理人弁護士 日野魁

被控訴人 豊田千代

右訴訟代理人弁護士 大塚利彦

同 井上晋一

被控訴人補助参加人 大山善寿

右訴訟代理人弁護士 藤田達雄

主文

一、原判決を次のとおり変更する。

二、被控訴人は、控訴人に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和五九年七月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三、控訴人のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は、第一、二審を通じ、金五万六五〇〇円を被控訴人の負担とし、その余は参加によって生じた分を含めて控訴人の負担とする。

五、この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実

一、当事者の求めた裁判

1. 控訴人

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人は、控訴人に対し、金一億八〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年七月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言

2. 被控訴人

控訴棄却の判決

二、当事者双方の主張及び証拠関係

次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示並びに当審記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

1. 原判決二枚目裏三行目、四行目及び九行目の各「畫間」を「晝間」と、原判決三枚目裏末行の「進渉」を「進捗」と、原判決四枚目表五行目の「昭和五〇年九月一四日」を「昭和五四年九月一四日」と、同六行目及び原判決七枚目裏初行ないし二行目の「所有権移転登記(手続)請求の訴」を「前記条件付所有権移転仮登記に基づく所有権移転本登記手続請求の訴え」と、原判決四枚目裏初行の「売買契約」を「売買契約締結」と、同六行目の「見効み」を「見込み」と、原判決六枚目裏五行目ないし六行目の「右売買契約の成立によって」を「右売買契約が成立し、控訴人への仮登記手続が終了したことによって」と、それぞれ改める。

2. 原判決二枚目裏一〇行目の「売買契約を仲介して、」の次に「これを宅地に地目変更したうえ、控訴人名義に移転登記手続をするとともに、これを控訴人に引渡し、」を加える。

3. 原判決四枚目裏末行の次に行を改めて次のとおり加える。「(七) また、被控訴人は、次のように委任の趣旨にそった適切な仲介をしておらず、この意味においても仲介業者としての責任を果たしていない。

すなわち、右判決も注記するように、被控訴人の仲介した控訴人と佐一との間の売買契約は瑕疵なく成立しているかどうか疑わしいものであり、これが本件において売買の目的を達成することのできなかった根本的な原因と見るべきであるが、これは被控訴人が売主である佐一の真意を確かめなかった過失によるものである。仲介業者としては、瑕疵のない売買契約の締結をはかる義務があるから、売主の代理人と称する者の代理権の有無を調査し、確認することは最小限度の要請であり、たとい代理人と称する者が委任状、印鑑証明書、権利証等の関係書類を所持していたとしても、書類が偽造される場合もあり、同居の親族は容易に印鑑等を盗用し得るので、特別の事情がない限り本人の意思を確認する必要があるというべきである。特に本件の場合は、本登記まで数年を要することが予定されており、加えて、佐一は被控訴人と同村で被控訴人が熟知している者であるから、電話一本で容易に確認し得たものであって、これを怠った被控訴人は仲介業者としての責任を果たさなかったものである。

更に、被控訴人は、昭和三九年、大山昇と被控訴人補助参加人(以下「参加人」という。)が豊田不動産を訪れた時に、佐一が売買を否認していることを知ったものであるから、これを直ちに控訴人に伝えるべきであったのに、終始これを秘していた。もし控訴人に伝えていたならば、契約のし直しをするなど、控訴人において適切な措置をとることができ、損害も軽微だったのであるが、被控訴人は仲介業者としてなすべき義務を怠った。」

4. 原判決五枚目表三行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「仮に右の損害の主張が認められないとしても、被控訴人は、控訴人が売買代金名下に交付した三〇〇万円を返還すべきであり、少なくとも三〇〇万円の限度で損害の主張は理由があるというべきである。」

5. 原判決五枚目裏七行目の「その主張のような依頼」の次に「(ただし、受任の範囲は、後記のとおり控訴人への仮登記手続までである。)」を加える。

6. 原判決七枚目裏七行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「3 亡春吉ないし被控訴人には、控訴人が請求原因2(七)で主張するような仲介業者としての義務違反もない。

まず、本件売買の仲介を頼みたいとして佐一を紹介してきたのは、当時の町役場の課長であり、佐一の近所に住みその知人である大山辰雄であった。そして、売買に際し、直接売主側の代理人ないし仲介人として行動した大山佐太郎及び参加人は、それ以前に既に本件土地以外の佐一の所有物件についても、佐一の代理人ないし仲介人として行動し、売却していた。更に、本件の仮登記手続については、佐一が直接司法書士の事務所へ必要書類を持参している。当時の八潮の地元不動産業者としては、実印、印鑑証明書の提示に右のような事情が加わった場合になお本人の意思を確認するということはしていなかったし、かつ、それで何ら事故も生じていなかった。控訴人は、本登記まで数年を要することが予定されていたことを挙げるが、当時の八潮における土地の売買の仲介ではそういう物件が大半を占めていたのであって、何ら注意義務を加重する要素ではない。したがって、亡春吉ないし被控訴人が佐一の真意を確認しなかったとしても、これに過失があるとはいえない。

また、亡春吉ないし被控訴人において佐一が売買を否認していることを知ったのは、前記のとおり昭和四三年ころであるが、亡春吉ないし被控訴人は直ちにこれを控訴人に伝えており、これを秘していたという事実はない。

4 控訴人は、被控訴人には本件土地の所有名義を控訴人に移し、かつ、これを控訴人に引き渡すべき義務があったとして、本件土地の価格上昇による得べかりし利益を損害と主張しているが、そもそも仲介人には仲介物件の所有権を移転すべき義務はもとより、売主をしてこれを移転せしめるべき義務はない。また、本件売買契約は瑕疵なく成立しているかどうか疑わしいものであり、仮に表見代理の成立が認められるとしても、農地法五条の許可という法定条件の付いた売買であって、昭和四五年八月二五日に市街化調整区域内に指定された後は右の許可が下りることはほぼ確定的に不可能となっていたものであるから、このような瑕疵又は障害が一切存在しなかったことを前提として履行利益を損害と主張することは不当である。

更に、予備的な三〇〇万円の損害の主張についても、売買代金は売主かこれを受領した大山佐太郎(の相続人)ないし参加人に対して返還を請求すべきであり、かつ、その回収は容易と考えられるから、右の売買代金が回収不能であることを前提としてこれを被控訴人に損害として請求することは許されない。」

7. 原判決七枚目裏七行目の次に行を改めて、6の付加に続けて次のとおり加える。

「四 被控訴人の主張に対する控訴人の反論

被控訴人は、佐一に対して訴訟を提起するため控訴人に佐藤弁護士を紹介し、仲介人としての義務を果たしたと主張するが、控訴人が佐藤弁護士の紹介を受けた事実はない。

また、仮に被控訴人の主張するように、控訴人が佐藤弁護士の紹介を受けて時効完成前に佐一に対して訴訟を提起していたとしても、控訴人と同じころ佐一から他の土地を買い受けたとする武岡廣・きみと佐一との間の別件訴訟と同じように買主側の敗訴に終わっていたであろうから、右の点は本件の結論を左右するものではない。」

理由

一、請求原因1(控訴人、被控訴人間における本件仲介契約の成立及び内容)について

1. 当裁判所も、原審と同じく、昭和三七年三月ころ控訴人と被控訴人の間に本件仲介契約(その内容は後記2のとおりである。)が成立し、同契約に基づく被控訴人の仲介により、同年四月一二日、控訴人と佐一の間において本件土地につき農地法五条の知事の許可を条件とする売買契約が締結されたと認定判断するものであるが、その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決理由説示第一項のとおりであるから、これを引用する。

(一)  原判決八枚目表九行目の「七号証」の次に「(甲第一九号証、乙第四号証の一ないし三及び第五号証については、原本の存在、成立も争いがない。)」を加える。

(二)  原判決九枚目表九行目の「畫間」を「晝間」と改める。

(三)  原判決一〇枚目表二行目の「同月六日」を「同年六月六日」と、同三行目ないし四行目の「同年六月二七日」を「同月二七日」と、それぞれ改める。

2. そこで、本件仲介契約の内容(被控訴人の受任の範囲)について検討するに、原審における被控訴人本人尋問の結果及びこれにより成立の認められる乙第六号証の一、二、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果によれば、昭和三七年六月二七日に本件土地につき控訴人名義の条件付所有権移転の仮登記がなされた後、被控訴人は控訴人に対して仮登記済権利証を交付しており、一方、控訴人は右権利証と引換えに被控訴人に仲介手数料一四万円を支払っていることが認められる。また、右の当時本件土地は耕地整理中であって、これが終了して農地法五条の知事の許可が下り、控訴人への本登記手続ができるようになるまでに五年程度を要する見通しであったことは、前記1に認定したとおりである。これらの事実によれば、控訴人と被控訴人との間の本件仲介契約に基づく委任関係は、被控訴人の主張するように、右の仮登記手続が終了したことによって終わったものと見ることができないではない。

しかし、昭和四三年一二月二三日に本件土地についての右仮登記を被控訴人に移転する旨の付記登記がなされた事実は、当事者間に争いがなく(なお、右の付記登記は被控訴人の知らないうちになされていた旨の前掲甲第二三号証中の記載部分及び原審における被控訴人本人の供述部分は、措信することができない。)、右が被控訴人側の発案によるものであり、被控訴人がその後控訴人のために佐藤弁護士を介して佐一に対し売買契約の履行を求めていることは、後記認定のとおりである。そして、これらの処置は、被控訴人の好意に基づく事実上のものというより、控訴人からの委任に基づく事務の処理と見るのが自然であり(被控訴人もこのことは否定せず、ただ新たな委任に基づくものであるとする。昭和六一年二月一五日付け準備書面第二の二参照)、この間別途に委任契約が締結された形跡もないことにかんがみると、本件仲介契約においては、本来の仲介業務のほか、売買契約が締結され仮登記手続が終了した後も、佐一に対して本登記手続等の契約上の義務の履行を促すことの委任もなされていたものと解するのが相当である。

二、請求原因2(被控訴人の本件仲介契約に基づく債務の履行不能)について

1. まず、昭和四三年一二月二三日に本件土地についての前記仮登記を被控訴人に移転する旨の付記登記がなされたが、控訴人は、昭和五二年八月二六日に右の付記登記を抹消し、直接売主である佐一に本登記手続を要求したこと、しかし、佐一がこれに応じないため、控訴人は、昭和五四年九月一四日、佐一に対し前記仮登記に基づく所有権移転本登記手続請求の訴えを提起したこと、右訴訟については、昭和五八年一一月一四日、控訴人の佐一に対する農地法五条による転用許可申請協力請求権は昭和四七年四月一二日の経過により時効が完成し消滅したとの理由で、請求棄却の判決が言い渡されたが、控訴人はこれに対し控訴しなかったため第一審判決が確定したことは、当事者間に争いがない。

そして、右の訴え提起に至る具体的な経過についての当裁判所の認定は、次のとおり付加、訂正するほか、原審の認定のとおりであるから、原判決一二枚目表七行目から原判決一五枚目表六行目までを引用する。

(一)  原判決一二枚目表七行目の「前掲甲第四」から同裏三行目の「原告本人尋問の結果」までを「前掲甲第四ないし第七号証、第二三号証、成立に争いのない甲第二〇号証、第二二号証の一、二、原本の存在、成立に争いのない甲第一〇ないし第一三号証、乙第一七ないし第一九号証、原審における控訴人本人尋問の結果により成立の認められる甲第一五号証、原本の存在、成立の認められる甲第一四、第一六及び第一七号証、原審における証人野プ道夫の証言により原本の存在、成立の認められる乙第九、第一〇及び第一六号証、原審における証人大山善寿、同野村道夫及び同大山昇の各証言、被控訴人本人尋問の結果並びに前掲甲第一九号証、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果」と改める。

(二)  原判決一三枚目表初行の「おそれがあり」から同二行目の「いかなくなり、」までを「おそれが強くなったことから(なお、昭和三九年四月に大山佐太郎が自殺した後、しばらくして、大山昇と参加人が豊田不動産を訪れ、本件土地の売買が佐一の意思に基づかないものであることを伝えて示談を申し入れてきたことがあり、このことは間もなく控訴人にも知らされた。)、被控訴人は、」と改める。

(三)  原判決一三枚目表一〇行目の「被告から売主たる佐一」を「売主たる佐一から被控訴人」と、同末行の「登記法」を「農地法」と、同裏六行目の「右仮登記」から同七行目の「なされたこと、」までを「右仮登記を被控訴人に移転する旨の付記登記がなされたこと、」と、それぞれ改める。

(四)  原判決一四枚目表四行目及び七行目の各「畫間」を「晝間」と改める。

(五)  原判決一五枚目表四行目の「成立に争いのない甲第一九号証」を「前掲甲第一九号証」と、同五行目の「原告本人」を「原審及び当審における控訴人本人」と、それぞれ改め、同行目の「前掲各証拠」の前に「原審における証人野村道夫の証言(なお、控訴人の指摘するように、昭和四三年ころ当時の控訴人宅に「応接間」がなかったとしても、直ちに同証言の信憑性が否定されることになるものではない。)をはじめとする」を加える。

2. 右の事実によれば、控訴人の佐一に対する訴訟事件の敗訴が確定したことにより、控訴人が前記の売買契約によって佐一から本件土地の所有権を取得することは不可能となったので、本件仲介契約に基づく被控訴人の債務も履行不能になったものというべきである。

そこで、右の履行不能が被控訴人の責に帰すべき事由に基づくものかどうかについて検討するに、前記のとおり、佐一との間の訴訟で控訴人が敗れた直接の理由は、控訴人の佐一に対する農地法五条による転用許可申請協力請求権が提訴時には既に時効により消滅していたというものであるところ、右1に認定した提訴に至る具体的な経過に徴すれば、右の時効消滅につき被控訴人に仲介業者としての注意義務違反があるということはできないものと解される。

ところで、控訴人は、仮に時効完成前に佐一に対して訴訟を提起していたとしても控訴人の敗訴に終わっていたであろうから、この点は本件の結論を左右するものではない旨主張するので、更に検討するに、前掲甲第一五号証、乙第一〇号証、第一七ないし第一九号証、原審における証人大山昇の証言及びこれにより原本の存在、成立の認められる乙第一五号証によれば、佐一は、少なくとも昭和四三年以降一貫して、本件土地の売買が自分の意思に基づいてなされたものであることを否定しており、一方、参加人と共に実際の売買契約締結等に関与した大山佐太郎は、本件土地を含む佐一の土地が第三者に売られ仮登記が付いていること等を親族会議で追及された後、昭和三九年四月二三日に「自分が一番馬鹿だった。死んでお詫び致します。子供妻を宜しく。」との遺書を残して自殺したことが認められるところであって、これらの事実によれば、本件土地の売買契約は、所有者佐一の意思に基づくことなく、大山佐太郎らにおいて佐一の実印、印鑑証明書等を冒用して締結したものと推認され(この認定に反する原審における証人大山善寿の証言部分は措信することができない。)、いずれにしても、佐一が争う以上、訴訟において、大山佐太郎ないし参加人が佐一から売買契約締結の代理権を授与されていたことはもとより、表見代理が成立することを立証するのも困難であったと考えられる。そうすると、控訴人の主張するように、仮に控訴人において昭和四七年四月一二日の経過による時効完成の前に佐一に対して提訴していたとしても、やはり敗訴に終わっていたものと考えられる(現に、前掲乙第九、第一〇、第一六号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第八号証に弁論の全趣旨を総合すれば、同じく豊田不動産の仲介により大山佐太郎、参加人を売主側の代理人ないし代理補助者として、本件とほぼ同時期に本件土地の近隣の土地を佐一から買い受けた武岡廣・きみは、昭和四四年八月に佐一に対して所有権移転登記手続等請求の訴えを提起したが、買主側の敗訴に終わっていることが認められる。)から、前記の履行不能の根本的な原因は、農地法五条による転用許可申請協力請求権が時効により消滅したことではなく、売主本人(所有者)である佐一が売買の事実を否定していたこと、換言すれば、佐一が本件土地を売却する意思を有していなかったことにあるというべきである。

一方、売買契約を締結するか否か、あるいは、売買契約上の義務を履行するか否かは、本来、契約当事者である佐一の意思いかんにかかることであって、仲介人ないし仲介業者においてこれを強制することはできないし、佐一をして翻意させるべき義務もない(このことは、前記のとおり、被控訴人が佐一に対し契約上の義務の履行を促すよう委任を受けている本件の場合においても、異なるものではない。)。そうすると、売主本人である佐一に本件土地を売却する意思がなかったことが原因で控訴人が本件土地の所有権を取得することができなかったことについては、被控訴人に責任はなく、結局、本件仲介契約上の債務の履行不能は被控訴人の責に帰すべき事由に基づくものではないというべきである。

3. そこで次に、売主本人の意思に基づかない瑕疵のある売買契約の締結を仲介した点について、被控訴人に本件仲介契約上の債務不履行がないかどうか(請求原因2(七))を検討する。

まず、本件の売買契約締結当時の事情について見るに、前掲甲第二三号証、乙第六号証の一、二、原審における証人大山善寿の証言及び被控訴人本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、本件土地の売買の件は、被控訴人の幼少のころからの親しい友人であり当時役場の課長をしていた大山辰雄が豊田不動産に紹介してきたものであり、また、実際の契約締結に当たっては、被控訴人と顔なじみの参加人が佐一の実印、印鑑証明書、権利証などを持参し、自分が全責任をもって委任されており、以前にも何件か佐一の物件の売買を仲介したことがある旨述べたことから、被控訴人としては、本件の売買が佐一の意思に基づくものであると信じ、佐一の意思を確認することのないまま控訴人のために本件の売買を仲介したものであると認められる。

ところで、不動産仲介業者が不動産売買の仲介をするに当たっては、委任の本旨に従い善良な管理者の注意をもって仲介事務を処理する義務を負うものであり(民法六五六条、六四四条参照)、売買契約が本人ではなく代理人によってなされる場合には、その代理権の存否、範囲を調査して瑕疵のない契約の締結をはかるべきである。本件においては、右に認定のとおり、代理人と称する者が本人の実印、印鑑証明書等を持参しているのであり、世上これらが本人の意思確認の手段として重要な機能を果たしていることは事実であるが、実印、印鑑証明書等とて冒用されたり盗用されたりする危険がないわけではない。他方、不動産仲介業者は、資格を有する専門家として、かつ、業として仲介を行うものであり、宅地建物取引業法上も委託者保護の趣旨等から種々の公法上の義務が課せられていることにもかんがみると、不動産仲介業者が代理権の存否、範囲を調査する際の注意義務は、一般人が仲介を行う場合に比べてより高度なものが要求されているというべきである(なお、先に認定したとおり、被控訴人自身は本件当時宅地建物取引業法上の資格を有していたものではないが、豊田不動産をその中心となって運営していたものであり、本件においても不動産仲介業者の立場で売買の仲介に当たったものであるから、その注意義務は不動産仲介業者に対して要求されるものに準ずるというべきである。)。してみると、不動産仲介業者としては、代理人と称する者が持参した本人の実印、印鑑証明書等により代理権の調査、確認をするだけでは十分とはいい難く、代理人と称する者の権限につき疑問を抱く余地のないような特段の事情が存在しない限り、本人に照会してその意思を確認し、委託者に不測の損害を及ぼすことのないように配慮する必要があると解される。

この点につき、被控訴人は、参加人らが以前にも佐一の物件の売買の仲介に当たったことがあるという事情を挙げるが、前認定のとおり、これとて参加人から聞き知った事情であり、この売買が果たして佐一の意思に基づくものかどうかにつき被控訴人が確認していた形跡はなく(原審における証人大山善寿の証言及び被控訴人本人尋問の結果によれば、本件以前に豊田不動産が佐一の物件の仲介をしたことはなかったことが認められる。)、また、紹介者が信用の置ける者であったという事情も、本人の意思の確認を不要とするに足りるものではない。更に、被控訴人の挙げる仮登記手続の件については、売買契約締結後の事情であるのみならず、先に説示したところからしても佐一が直接司法書士の事務所へ必要書類を持参したのが事実であるとはにわかに考え難く(この点についての原審における証人大山善寿の証言部分は措信することができない。)、そのほか、本件において代理人と称する者の権限につき疑問を抱く余地のないような特段の事情が存在していたとは認められない。そして、原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、佐一は地元に住んでおり、その意思を確認するのは容易であったと認められるのであって、結局、被控訴人には、佐一が真実参加人を代理人として本件土地を売却する意思を有していたのかどうかにつき直接本人に確認すべき注意義務があったといわなければならない。

しかるに、被控訴人は、右の確認を怠り、参加人が代理権を有するものと速断して本件の売買を仲介し、控訴人に売主本人の意思に基づかない瑕疵のある売買契約を締結させるに至ったものであるから、この点は被控訴人の責に帰すべき事由に基づく本件仲介契約上の債務不履行に当たるというべきである。したがって、被控訴人は、右の債務不履行によって控訴人が被った損害を賠償する責任がある。

三、請求原因3(控訴人の損害)について

1. 控訴人は、被控訴人に対し、主位的に本件の売買契約の目的物に代わる損害(本件土地の時価相当額)の賠償を請求している。

しかしながら、前記のとおり、控訴人が佐一から本件土地の所有権を取得することができず、本件仲介契約に基づく被控訴人の債務が履行不能になったことについては、被控訴人の責に帰せしめることはできず、被控訴人の本件仲介契約上の債務の不履行は、佐一の意思に基づかない瑕疵のある売買契約の締結を仲介したことにある。そして、被控訴人が仲介契約上の注意義務を尽くし、佐一の意思を確認していたとすれば、佐一が参加人を代理人として本件土地を売却する意思を有していないことが明らかとなり、売買契約は締結されることなく仲介契約上の関係も終了していたはずのものである(被控訴人に佐一をして翻意させるべき義務のないことは、前記のとおりである。)から、被控訴人が仲介契約上の債務をその本旨に従って履行していたとしても控訴人が本件土地の所有権を取得し得たわけではない。そうすると、本件における被控訴人の債務不履行と控訴人が佐一から本件土地の所有権を取得することができなかったこととの間には、そもそも因果関係が存在しないといわなければならない。

また、控訴人は、前記の損害賠償請求の前提として、被控訴人には仲介業者として控訴人の依頼に応じ、本件土地の所有名義を控訴人に移し、かつ、本件土地を控訴人に引き渡すべき義務があると主張するが、被控訴人は、本件土地の売主ではないから、自ら本件土地の移転登記及び引渡しをすべき義務を負わないのはいうまでもないし、前記のとおり、契約上の義務の履行は本来契約当事者の意思いかんにかかることであるから、仲介人ないし仲介業者としては、右の義務の履行を担保し、売主をして移転登記及び引渡しをさせるべき義務を負うものでもない。したがって、仲介業者は、売買契約が履行に至らなかったという場合に、自らが売買契約の目的物に代わる損害の賠償をなすべき義務を負うことはあり得ないというべきである。

よって、その余の点につき判断するまでもなく、いずれの点からしても控訴人の損害に関する主位的主張は失当である。

2. 次に、控訴人の損害に関する予備的主張について検討するに、控訴人が被控訴人に対し本件土地の売買代金として契約当日である昭和三七年四月一二日に一〇〇万円を、同年六月六日に二〇〇万円をそれぞれ交付したことは、先に認定したとおりである。そして、被控訴人は、前記のとおり、代理権の調査、確認を怠った結果、控訴人に瑕疵のある売買契約を締結させたうえ、右のとおり控訴人に売買代金名下に合計三〇〇万円を出捐させ、同額の損害を被らせたのであるから、控訴人に対しこれを賠償する義務を負うというべきである(なお、右の損害は、控訴人の佐一に対する前記訴訟事件の敗訴が確定した段階で現実に発生したものと解される。)。なお、被控訴人に対する仲介契約上の債務不履行を理由とする右の損害賠償請求は、控訴人が別に被控訴人から右の金員の交付を受けた者等に対して不当利得返還等の請求をなし得るとしても、これにより妨げられるものではないと考えられる。

よって、控訴人の損害に関する予備的主張は理由がある。

四、以上によれば、控訴人の本訴請求は、被控訴人に対し金三〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五九年七月二〇日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容すべきであるが、その余は失当としてこれを棄却すべきである。

よって、これと異なる原判決を本判決主文第二、三項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九四条を(訴えの提起及び控訴の提起に要した手数料のうち、右認容額に対応する手数料相当額を被控訴人に負担させることとする。)、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森綱郎 裁判官 友納治夫 河邉義典)

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